「何も決まっていない、どうなるか分からない。それが人生の醍醐味」(土屋賢二~笑う哲学者)

エンジニア時代の同期に、天下のT大卒の友人がいました。とても気さくで感じ良く、アタマはもちろんもルックスも申し分ないナイスガイです。彼の結婚披露宴に出席した時、彼の幼なじみが「これといった逸話というものがない」とスピーチしていたのが印象に残っています

きっと彼は、タクシーに石を投げて(正確には石を投げていた所にタクシーが通り掛かった)運ちゃんに追いかけられたり、崖下の家の屋根に穴を開けて拉致連行されたり、キレイにならされた生コンクリートに力一杯落書きしたり、蚊取り線香で「時限爆竹」を作って他人の庭で実験したり・・・という経験がないのだろうな~と思いました

人間、このトシまで生きていると、恥ずかしい(アホらしい)思い出や後悔でいっぱいです。今日も本棚に埋もれていた古い書類を整理していて、かつての自分の思い上がりや大勘違いの「証拠」を見つける度に「お~あぶねぇ~・・・」「あ~恥ずかしい・・・」と、ひとり赤面していました。一方で「人間、何歳になっても成長できるんだなぁ」とも変に納得しました(笑)

もちろん、笑えるような思い出ばかりではありません。ひとり息子の知的障害(中度の自閉症です)が発覚した時、また左目の飛蚊症を放置したら網膜剥離を起こし失明しかけた(4時間の手術を受けました)時には、文字どおり「お先真っ暗」に感じたものです

でも、この二つの事件がなかったら、某大企業を脱サラしてスターラボを立ち上げることもなく、今こうしてたくさんの生徒さんと優秀なスタッフに恵まれた教室オーナーとして、毎日楽しく暮らすこともなかった訳です。長い人生、何がどう転ぶか分からないものです

人間の幸福とは、偏差値や年収に比例する単純な関数ではありません。むしろ辛い経験・恥ずかしい思い出を通じて人間はより強く、より優しくなれます。より味と魅力のある人間になって、より「深い」人生が送れることでしょう。まさに「ピンチはチャンス」なのでしょう

昨今、有名大学を卒業したのに就職できない・・・というだけで自ら命を絶ってしまう若者が増えているそうです。なんてもったいない!なんて親不幸なんでしょう(・・・というか、親にも原因があるのかな?)

マスコミが喧伝する「正社員になれないと人生が破綻する!」かのようなホラー話を真に受けず、もう少し自分の目で見て、自分のアタマで考えてみたらどうかな?と思います(あ、まずはテレビを消しましょう・・・笑)。あと、過去の「成功体験」や「常識・べき論」に捕らわれた親の洗脳も結構キケンかも

失敗したっていいじゃない。きっと後で笑える日が来るさ!